きなりですがグルメというほどでもない、ただの「食いしん坊」になったのはいわば職業病です。商社マンとして世界中の美味しいものが集まった街の代表格とされるサンフランシスコと香港にそれぞれ5年間駐在、ビジネスの一部としてお客様を視察や観光にご案内する機会も多く、いろいろな料理をいただく機会が増え、いつの間にか「食いしん坊症候群」を発症していたという次第です。グルメを出張の目的に加えてお越しになる取引先の社長さんご夫妻もいらっしゃいましたので美味しいレストランを開拓し、ワインも基礎から勉強もさせてもらうことになりました。気付くと美味しいものに出会い素敵なお店を見つけたことを日記のように書き綴るようになっていました。そして料理やワインの楽しみを知り、食と人とに魅せられて自ら至福のグルメを探す旅に出るようになりました。これまで訪ねたお店でメモに残っているのは約700店、エッセイに書き上げたのが約100店、その中から選んだ約50店を一冊の本にしました。

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さて長い年月、人類はひたすら食べるために頑張って生きてきました。最近、テレビの料理番組で、ある人が「食べること」は「生きること」そのものだと言っていました。いくら文化や文明が発達しても食欲は動物的本能として変わらないのではないかと思います。それだけに昔から食を単なる生きるための手段と考える傾向が強かったのです。しかしだからといって人間にとって何より大切な食というものをそんな風に簡単に片づけてしまってよいのでしょうか。レストランや割烹などで料理人が腕を振るって造り出した料理の美味しさを口や舌で味わうことは絵画を目で観て、音楽を耳で聴き、その素晴らしさを堪能することと同じ次元の楽しみではないかと思うようになりました。「料理は芸術だ」という北大路魯山人の言葉の意味が少しわかりかけてきたような気がします。このエッセイを読み終えたときに、皆様にも確かにそうだ料理は芸術だと頷いていただけるのではないかと思います。それが私の願いであり、出版の動機でもあります。

散策・旅行・コンサート・展覧会鑑賞などとパッケージでレストランのランチやディナーを楽しむといった印象的なグルメ・シーン、友人と酒を飲み交わし美味しい料理をいただきながら人生を語り、お店の人たちと言葉を交わすといったシーンなどの描写が満載です人生の苦楽や友人との心模様などを織り交ぜたストーリー性豊かなエッセイを楽しんでいただけたら幸いです。シェフ等料理人の織りなす料理への情熱、想い、技量等も書き加えました。さらに深い料理の楽しみ方をお伝えすることが出来たなら、なお素晴らしいと思います。

フレンチ ティエリー・マルクス・サロン

真冬ながら快晴となった休日、東京駅丸の内中央口で友人と待ち合わせて、三菱1号館美術館で開催の印象派からその先へー吉野石膏コレクション展」を観た。有名な絵画はないが印象派及びそれ以降のルノワールドガ、マネ、モネ、ピサロルノワールマティスピカソシャガールといった有名な画家たちの作品を丹念に収集した、あまり知られていない企業家・吉野氏のコレクションの数の多さと質の高さに驚いた。これらのコレクションは山形美術館に寄託されているということである。「目立った作品はないけど、とても気持ちが癒される作品が多く、コレクターの人柄が感じられる。」というのが、観終わったあとの友人の感想である。まったく、同感である。山形の片田舎でこのような世界レベルのコレクションを実直に成し遂げた、何か土の匂いがするような温かみのようなものを感じて、美術館を後にした。大きな話題となっている展覧会ではないが、とても質の高い展覧会である。

 ルノワールの「庭で犬を膝にのせて読書する少女」「ジャック・ガリマールの肖像」、モネ「サンジェルマンの森の中で」、ピサロ「暖をとる農婦」、マティス「緑と白のストライブのブラウスを着た読書する若い女」、シャガール「逆さ世界のヴァイオリン弾き」などが印象に残る作品だった。

 有楽町を経てランチの予約をしてあるレストランがある銀座4丁目交差点角まで歩いた。日差しがあり風の穏やかな冬の街を歩くのも心地よい。今日は、以前から入ってみたいと思っていたフレンチの「ティエリー・マルクス・サロン」のランチである。銀座のど真ん中にありながら、敷居が高い店ではなく、むしろ、ランチを中心に若い人にもカジュアルにフレンチを楽しんでもらおうというような店でもある。席数も多く、細やかな料理の品質やサービスに不安もあったが、興味があったのである。ファインダイニングのテラス席では、カクテルやパフェなどやアフタヌーンティーも楽しめるカジュアルさは、本格的なグルメには毛嫌いされそうだが、一等地で経営を成り立たせるには、このようなことも止むを得ないのであろう。それでも、コースをいただく客のために、キッチンを隔てて反対側にサロンが分離され、個室に近い静かな、4丁目交差点付近の銀座の街が見下ろせる素晴らしいスペースが用意されている。さすがである。

 「タイユヴァン」などのフランスの有名店でキャリアを積み、現在は、パリのマンダリンオリエンタルホテルのミシュラン2つ星の店のシェフであるティエリー・マルクス氏が監修しているレストラン。実際に料理を作っているのは、総料理長の小泉敦子さんがリードするシェフやパティシエたちである。この店のテーマは「TRADITION&INNOVATION」。どっちつかずのようだが、伝統を活かしながら新しい創造的な料理にも挑戦するということだろう。

 ランチながらディナーのコースに近い「デギュスタシオン」のコースを予約時にオーダーしている。「デギュスタシオン」というのは、「お試し、試食、おすすめ」のような意味があり、その店の味を試すにはぴったりである。その店のシェフの得意料理のいわゆる看板メニューも配されている。

 シェフソムリエの谷川さんから飲み物を尋ねられ、友人の「泡がいいかな」に乗り、シャンパンを注文し、料理はスタートした。メニューは以下の通りで、期待が膨らむ。

 

メニュー デギュスタシオン

アミューズグール   ラパンのリエット
かわいい1口サイズのボール型にまとめられたうさぎの肉のリエット。周りをかりかりのパン粉とピマンデスプレットで覆われている。もちろん、手で摘まんでいただく。優しく香ばしい。

アミューズ・ブシェ  貝・キャビア

バターを染み込ませたフレンチトーストのようなスポンジの上に綺麗にキャビアが載せられたもの。かわいいケーキの一片のよう。これが縁に添えられ、浅利の出汁のスープが浸された皿にチキンのムースが底に敷かれ、、薄紫色の北寄貝とビーツが載せられている。食欲が湧くような目にも鮮やかな美しい一皿。貝の淡い香りや旨味とキャビアとバターの濃い香りや旨味が、双方を引き立てる。さすがと感じさせるこの店のスペシャリテだ。
ここでバターの香り豊かな大き目のブリオッシュがサーブされる。美味しい。ソムリエが次の飲み物を聞いて来る。

貝の料理が続くので、すっきりとした白のリースニングを注文。

ムール貝と茸

 同じ貝でも北寄貝とは濃厚な味で触感も異なるムール貝とジロール茸のソテー。どちらも強い香り同士で、ヨーロッパの冬を感じさせる伝統的な料理。

 ここで、オリーブのパン、プチバゲットなどのパンのバスケットが置かれ、好きなパンをいただく。ブーランジェリーでのマルクスさんの経験を感じさせ、つい食べ過ぎてしまうようなレベルの高い美味しいパンだ。空いたグラスを見て、ソムリエがスペインの古い固有のぶどうから造られた度数の高い白ワインを勧める。ハーフでお願いした。主菜の鰆やアオリイカに合うという。口に含むと、同じくぶどうから造られるブランディ―にも似たビターながら、ぶどうの香りが漂う大人のワインという感じの初めてのワインである。

アントレ もやしリゾット/セップ茸
これもスペシャリテの一品。米粒に見立てたもやしの賽の目とセップ茸の食感を楽しむリゾット。黒トリュフなどを炒め、パルメザンで味を整えたシープで炊かれたもの。マッシュルームの香りの泡(エスプーマ)で覆われた中のリゾットをスプーンで探していただく。。香りは濃いのに、食感が爽やかで、マルクスのマジックに魅了される。

メイン1 寒鰆/アオリイカ/根菜

 寒鰆は脂がのり美味しい季節。これが、焼き過ぎずジューシーに仕上がって美味しい。アオリイカも同様にやわらかな仕上がりでイタリアン風に美味しい。

メイン2 花悠仔豚のロティ/黒トリュフ

どんぐりや栗を食べて育ったイベリコ豚が有名だが、カシューナッツを食べさせて育てた仔豚のロティである。黒トリュフ、牛蒡のブレゼ、セリナの葉、オリーブの実のパウダーなどがトッピングされた。絶妙な火入れで驚くほど柔らかなロティ。マデラ酒を使ったというソースは赤ワインソースより濃厚で。いかにもフレンチらしいソースが引き立てた肉の旨みを堪能した。

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